Page: 1/3   >>
二代目・霜柱

JUGEMテーマ:写真

 

 

つくらなきゃとずっと思いながらなんて長い月日が経ってしまったことか。

 

そして、つくりたい衝動はある日突然やってくる。

 

昔につくったときにはつくり方が甘かったため、遠からず壊れると思い自分で破壊してしまった。

 

今回は保存版としてしっかりつくろうとしたら思いがけずいろいろなところで躓いてえらい時間がかかってしまった。

 

でもその分つくりはしっかりとしてるんだけど、まぁいろいろな点で少しずつ心残りもあり。

 

10年後くらいに三代目をつくることがあるかも。。。

 

でもでもでも、それでも、光に透かすと本当に綺麗なの!手前みそ!

 

ice-needle-1

 

室内でも。
ice-needle-2
ご覧いただきありがとうございました。
| maki | 20:24 | comments(0) | - |
夏の面影

JUGEMテーマ:写真

 

 

木槿。

あちこちに咲いているんだけど(いや、もしかして芙蓉かも)、この木槿がとんでもなく気に入っている。

葉の色。花の色。

他の木槿?芙蓉?よりもこの木槿は青いフィルターがかかっているような感じ。

前からこの木を撮りたいと思っていたんだけれど、どうしても自分のイメージに撮れる気がしなくて。

で、派手にレタッチすれば自分のイメージが表現できるなと思い、ついに撮ったはいいけど、だいぶ花が少なくなってしまっていたのでした。。。

 

それにしても考えるのは、レタッチとはどこからどこまでを言うのだろうかと。

最新のカメラにはフィルター効果が豊富で、レタッチを撮影時に行うか後でPCで行うかという違いだけだよなと思ったり。

それでも撮影時(シャッターを押す前)に行ったレタッチに関してはレタッチとは言わないのかなぁ、とか。

 

撮影後のレタッチをひどく嫌う人もいる。

 

私の中では、この木槿のようにあからさまにレタッチをしたものは他の写真とは別のくくりにはなるけれど『自分の中にある確固としたイメージ』を表現するのにカメラの機能だけでは足りないのであれば、レタッチは必要不可欠ということになる。

 

まぁ私の場合はとにかく「こうでなきゃいけない」という制限をなくしていきたいだけなんだけどね。

制限を設けることで『その中でどれだけできるか』というのも勿論いいと思うけれど、個人的には、最終的には『なんでもあり』が自由で楽しくていいんではないかと。

 

この夏の終わりの木槿の木を少し離れた処から眺めるとき、私はいつも亡羊とした別の次元にトリップしたような感覚になる。

 

20170909-ムクゲ・木槿

 

 

 

今年もあなたに会えて良かった。

ありがとう。

 

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

| maki | 00:49 | comments(0) | - |
Lotus Flower −ある夏の記憶−

 

 

闇を仄かに照らしているのは蓮の花だった。

 

不思議なその光景は無限に広がるように静けさを湛えていた。

 

とても美しかった。

 

私はその光景からひとつの答えをもらった。

 

十年後の答え合わせ。

 

流れた涙は血なのかと錯覚した。

 

それでもあの答えは、間違えなんかじゃなかった。

 

 

 

魂に刻み込まれた記憶は何一つ消し去られることはないそうだ。

 

大切な記憶。

 

大切な感情。

 

決して色褪せないあの夏の蓮の思い出。

 

 

 

 

 

 

 

| maki | 23:06 | comments(0) | - |