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私さえいれば

 

 

他人のことがどうでもいいわけではない。
全ては繋がっているから。

 


自分の世界は自分が創っている。
自分が出したバイブレーションが投影されているこの世界。


既に人は一人で完結した存在だということ。

 

 

私が私の想いに、願いに、祈りに、応え続ける。

それで私の世界は変わる。

 

と言いつつ。

「自分の世界を変えたい」「未来を変えたい」と言っても、外側はホログラムなので変えることができない。外側に映るホログラムを変えたいのなら、大元の映写機である自分自身を変えるしかないのだ。

 

それはただひたすらに私が私の想いに応え続ける結果として、外側の世界も自分が望むホログラム変わるということ。

 

ただひたすらに。

 

 

そしていつか

 

「私さえいればいい。」


そう思えるように。

 

 

 

 

 


 

| maki | 15:30 | comments(0) | - |
思いと言動を一致させる

 

最近しっかり腑に落ちたことを備忘録として。

 

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あまりにもよく聞く言葉

 

「自分を信じなければ人を信じられない」

 

これって本当にそうなんだなぁと。

 

誰に対してでもというわけではないし状況とかによるんだけど、私は、人を信じられないと感じることがちょくちょくある。

 

 

私は昔から、自分の思いと言動が一致しないことが多かった。

自分の感情を裏切り続ければ、「自分がそうなんだから人もそうだろう」という感覚が無意識に働く。この『無意識に』という点がポイント。

数パーセントの顕在意識と残りの潜在意識。人は、自分がどれだけ潜在意識にコントロールされているかをなかなか気づくことができない。

 

自分の思いと言動が一致しない。

例えばそれは

 

可愛いと思えないものを「可愛いね」と言ったり。

美味しいと思えないものを「美味しいね」と言ったり。

 

「みんなが可愛いと言っているから私も言わなきゃ」

「みんなが美味しいと言っているから私も言わなきゃ」

 

誰に強要されたわけでもないのに「自分の意に反していても相手の気分を害してはいけない」という強迫観念のようなものに支配されて言ってしまう。相手が気分を害するかどうかなんてわからないのに。

そして言った後には、自分の感情に背いた罪悪感、不快感。しかもそれらは確かに感じているにも関わらずほとんど無自覚。

そしてこの罪悪感や不快感と言った感情のバイブレーションも現実を創り出す一端を担っている。

ひとつひとつは小さいことのようでも、積み重ねて行けばいづれは大きな歪みを生む。

 

こういったことの長年の積み重ねにより私は私自身から信頼を全く失ってしまっている。

私が私を信じていない。

散々自分に嘘をついてきたのだから当たり前だよね。

 

なので、

 

今後はとにかく自分の思いと言動を一致させることに努めていこうと。

でも、すぐに全てのことに対して100%自分の感覚に従うことはまずもって不可能だろうとも思っている。

人のことを気にせず100%自分の感覚に従うということは恐怖を伴う。

「こんなことを言ったら嫌われるのじゃないか」とかあれこれ。

 

そんなわけで嫌われる覚悟というのも必要で。

本当のところ、自分の世界は自分が作っているので、誰かに嫌われても何も問題はないんだけどね。自分の感覚に従っていけば自分に合うものだけが残っていくから。

 

この宇宙の法則で、抵抗せずに自分のリズムで揺れていれば、全てはパズルのピースで自分の持ち場にピタリと嵌る。

全てがひとつなるものから分かれたものなのだから。というか、分かれているという幻想を私たちは体験しているのだけれど。

 

兎にも角にも、自分の感覚に従うことは私にはものすごく訓練が必要。

まぁ、失敗してもいいから繰り返し続けるしかないけど。

失った自分に対する信頼は相当時間をかけないと取り戻せなさそう。。。

でも、どんなに時間がかかっても、取り戻さないと。

そうでないと『私の中の私』は眠りっぱなしで起きてくれないだろうな。

 

 

 

 

| maki | 11:54 | comments(0) | - |
It's a Beautiful Day

 

 

時々、どこからかメッセージをもらうんです。

 

思考が働いていないときに。

 

 

 

悲しみを悲しみで上書きしたみたいな日の翌朝。

 

電車の中でうとうとしていたら

 

 

『It's a Beautiful Day』

 

 

誰かが私を祝福してくれている?

 

 

 

 

 

 

泣いて泣いて、涙で落していったら、

 

その下に隠れていたものが出てきた。

 

ような気がする。

 

 

『It's a Beautiful Day』

 

 

誰かが私を祝福してくれている。

 

 

 

 

 

 

自分のことを被害者だと感じるとき、

 

加害者も自分であるということ、

 

もう充分すぎるほど私は理解できたと思う。

 

だとしたら、もう繰り返すことはないのかな。

 

 

 

『It's a Beautiful Day』

 

 

 

そう信じてもいいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| maki | 20:30 | comments(0) | - |